048:熱帯魚
大石の趣味はアクアリウムだ。大石の部屋へいけば一目瞭然の事実。でっかい水槽がでーんと陣取っているのだから。
正直な話、オレにはあまり理解できない。
魚なんて飼ってても鳴かないし甘えてこないし、あんまり楽しいとは思えない。
そう大石に言うと(正直なのはオレの長所だからね)、
「確かに鳴くことはないけど、甘えてはくるよ。餌をあげようとすると寄ってきて――」
と、いかに自分の飼っている魚たちが可愛いか、延々語られた。自己主張の少ない大石が、珍しく饒舌に。
興味がないので話半分に聞いていたけれど、それでもまあ、キラキラ顔を輝かせて喋る大石はオレと同い年って感じがしてとってもイイ。
普段は大人びて冷静な大石の珍しい面を見れて、オレも実に満足していたのだが――。
「買うの?」
「う――ん……」
かれこれ、三十分だ。
ペットショップの水槽の前に固まって、中を泳ぐカラフルな熱帯魚に心奪われてしまっている。ひらひらと水の中でひれをそよがせて泳ぐ魚たちは確かにきれいなんだけども。
さすがにオレだって――というよりもともと気の長くないオレは、とっくに飽きてしまっている。最初は面白がって一緒に眺めていたけど、限界があるもんだ。
「喧嘩するようなタイプじゃないんだけど……でもちょっと手狭かもなあ、今のじゃ。うーん……」
「ちょっと狭くても平気じゃねー?」
「いや、それでストレスになったら困るじゃないか……」
あーあ、上の空な返事だ。ブルーのライトに照らされた水槽から目を逸らしもしない。
たまーに部活がない時に、二人で出かけてみればこれだ。
確かにペットショップに行ってもいいかと聞かれて、頷いたのはこのオレだ。何を隠そう、オレだってペットショップを見るのは大好きだ。趣味といってもいいくらい。
だからといって三十分。三十分もおんなじ場所に足をとめることはないだろうが。
「――よし」
溜め息交じりで、ようやく水槽から顔を離した。
「買うの?」
わざと呆れを隠さないで聞くと、大石は苦笑しながら首を横に振った。
「いや、今回は諦める。新しい水槽増やすとサーモとか色々買わなきゃいけないし……ちょっと予算がね」
結局買わないならンな長々と見るなよ! とは口に出せなかった。
大石の様子があまりに残念そうだったから。
それに追い討ちをかけるような真似はできるわけがない。
身を起こした大石が、すまなそうに首を傾げた。
「ごめんな、付きあわせちゃって。次は英二の行きたいところに行くよ。どうする?」
「…………」
どうする、ときたもんだ。
こういうふうに、ふと自分の意見を求められると困る。
自分から勝手にわがままを言うのは慣れているけど、いざ自由を許す言葉を投げかけられると戸惑ってしまうのだ。
そして、それを聞く大石をずるいと思ってしまうのだ。
だからオレはわざとわがままを言う。大石はその事実を知らない。オレがわがままなのは、いつものことでそういう性格だから、だと思っている。
「――おなかすいた」
「もう? さっきお昼食べたばっかりじゃなかったっけ」
「オレは若いし健康だからだよ」
「俺も若いけどまだそんなにおなかすいてないよ? ――いいけどね……何処にしようか」
近くにあるファミレスの名を挙げると、大石は愉快そうに笑った。何を食べるつもりなんだか、と本当に楽しそうに。
「ほんと、よく食べるよなあ」
「いーの、大石のおごりだからね!」
宣言すると、一転、大石の顔が曇った。今度はオレが笑う番だ。にひひと歯を出してみる。
「おい英二……」
「なぁに食べよっかな」
「小遣い前なんだけども」
別に本気でおごって貰うと思ったわけじゃない。でも戸惑う大石が面白くて、ついからかってしまった。
「さっき高ーいサカナを買おうとしてた君が言うかね」
するとオレの言葉選びが気に食わなかったのか、妙に真剣な表情でオレに向き直った。
「高い魚って言うとなんか別物みたいじゃないか。単なる魚じゃなくてな、さっき俺が見てたのはグッピーの仲間でサンタマリアダブルソードという――」
「熱帯魚! でいいじゃんもう」
饒舌に主張する大石は珍しい。珍しいけれど、そこまで深く語られるとさすがに鬱陶しい。勝手に話をまとめてしまうと、釈然としない、と大石の目が訴えてきた。
知るか。無視してやろう。ふいっと顔をそむけてすたすた歩き出してやった。
「英二、ファミレスそっちじゃない、こっち」
「うえぇ?」
勢いづいて歩き出したのが、反対方向だったらしい。
うっわ、恥ずかしいなんて思いながら踵を返すと、大石は身体の半分だけこっちを向いて子どもを見るような優しい目でオレを見ていた。
「ドリンクくらいならおごるよ?」
「…………」
むーっとして答えないオレを、どうせいつものことだと思ったのだろう。今度は大石が先に歩き出してしまった。
黙って突っ立ってるわけにもいかない。先行く大石の後姿を追いかけ、ちょっと考えてからやつの手を後ろから取った。
「英二?」
びっくりして大石が振り返る前に、大石の手を引っ張って隣りに立った。驚く大石の顔に、オレの気分がちょっと浮上する。
これくらいはいいだろ?
一緒に出かけてるのに、触れもしないんじゃ勿体ないじゃないか。
そういう意味をこめて微笑むと、大石はいつもの苦笑を唇に乗せた。
「英二は本当、猫っぽいな。行動がいつも唐突」
「そうかな……思った通りに動いてるだけだけど」
「機嫌の浮き沈みも唐突」
「――大石って時々言うことが辛口なのはなんで?」
ぎゅうっと握った手に思いっきり力をこめると、いてて、と大石が笑いながら眉根を寄せた。
「バランスを取ってるんだよ――多分」
「……バランス?」
「英二の前だけってこと」
なんだか分からないが、「だけ」ってのは悪くない。
悪くないから、言うのはやめてやった。
サカナとオレとどっちがいいんだこの野郎、なんて。
2004/3/17
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