世界の果てやこの世の果て 8
    ……093:Stand by me

 

 次の日、検事局へ走った僕は、運良くすぐさま御剣を捕まえることが出来た。
 後姿に向かって名を呼んだ。振り向く前に肩を掴んでこちらを向かせた。
 御剣は瞠目して、そのあとキリキリと眉を吊り上げた。
「キサマどうしてここに!」
「話があるんだけど!」
 同時に大きな声で言い合って、はたと状況に気付いたのは御剣が先だった。
 周囲の事務員や他の検事の好奇の目に晒されながら、僕は乱暴に御剣の私室に連れて行かれた。
 大きな音がして扉がしまる。ついでに彼は鍵も閉めた。そして僕に向き合って怒鳴ろうとしたが、
「とりあえず、先日は殴ってごめんなさい」
 先手必勝、僕は両手を合わせて頭を下げた。
 謝った僕に、怒り収まらぬ御剣は実に冷ややかな視線を向ける。
「なんだ今更」
 しかも検事局で騒ぎおって、非常識人めが! と続けて怒られた。僕はひたすら頭を下げつづける。
「頭を冷やして反省しました。僕がまったく冷静じゃなかったんです。ごめんなさい」
「今だって冷静ではなかろう。まったくキサマは反省と言う言葉を知らんヤツだな」
 それ、冴貴子にも言われたなぁ……。そんな反省しない男に見えるんだろうか。上目遣いに彼を見ると、変わらず冷ややかな目をしていた。
「そもそもいつもだ。同じような失敗をして追い込まれて。困るのは最終的にキサマだというのに、反省を知らんヤツは進歩を知らんということを覚えておけ!」
 ここぞとばかりに説教をし始める。
「いやそういった話は後日ゆっくり……」
「後回しにしたら絶対聞かないだろうキサマは。だから今私が――」
「だからそれよりも話があるんだって」
「――殴ったことを謝罪する以外に何か話があるのか?」
 痛いことを言う……。
 ちょっとくじけそうになったけれど、目をそらさずに御剣を見据える。
「冴貴子のことだけど」
 持ち出すと、御剣の顔が曇った。あからさまに。
「それはもういい」
 御剣の方が目をそらした。
「その彼女のことに関しては私も言うべきではないことを言った。だから――」
 御剣の自虐を聞きたくなくて、僕は遮るように言った。
「ちゃんと諦めてもらってきたんだ」
「え?」
 きょとん、と可愛い顔をする。呆気に取られた彼の顔はそう見れるものではないが、僕の好きな表情のひとつだ。
「今の恋人に死ぬほどメロメロだって言ったら、ゴチソウサマって」
「メっ……!? ば、バカか」
「バカかもね。事実っては案外バカバカしいもんだよな」
 そういうことではなかろう、と口の中で呟いた彼は、心なしか顔が赤くなっているように見えた。
「この間君が言ってたことだって、本当はそんな深刻な話じゃなくて端から見たらバカバカしいもんかもしれない」
「……バカバカしい? 私は、本気で考えて……」
「でも御剣が言ったことはとてもよく分かる。僕だって考えなかったわけじゃない。ただ、そのことについて二人で話し合わなかったのがよくないんだ、と思う」
 御剣ははっとしたようだった。
「……話し合う?」
「話し合わなかったってことが一番バカバカしいよ。今まで僕らは話す機会はたくさんあったはずだ。――今すぐじゃなくてもいい。これから少しずつでも、僕と君との関係を考えて話し合おう」
「…………」
「僕は君との関係を長続きさせたい。できれば死ぬまでずっと」
「……それは」
 御剣は無理だ、と言いたかったのかもしれないが、僕にはまったく無理な話ではない。もっとも彼の気が変わらなければの話だけど。
 だからこそ、言わなければならないんだ。
「そういうわけで」
 両手で御剣の両肩をしっかり掴んだ。
「ずっと一緒にいてください」
 頷きかけた御剣ははたと我に返って。
 ギリリと眉間に皺を刻んだ。
「……それはいったいなんの真似だ?」
「プロポーズだけど」
「バカモノっ!」
 どかっと脛を蹴られて、僕は悲鳴をあげて蹲った。
「ひでー……何するんだよ」
 涙目で見ると、御剣はそれは恐ろしい顔をしていた。いつものことだけど。
「うるさい!」
「折角のプロポーズをさ……」
「職場でする話ではない!」
 怒鳴ってくるりと後ろを向いた御剣の項や耳が真っ赤に染まっている。
 知らず笑みが浮かぶ僕を見ていたら、きっと彼はもっと怒っていただろう。
 せめて君が僕を見てくれている間は、この手は離さないでおこう。
 僕からは振りほどけないこの手を。
 ずっとそばに。
 後ろ髪をつんつんと引っ張って、振り向いた彼に軽いキスをした。
 今度は殴られずに、ちゃんと応えてくれた。


 結局プロポーズの返事は貰えなかったけれど。
 何も投げつけられずに済んでよかった。
 シンデレラのハイヒールも僕には必要ない。
 ずっと繋いで傍にいる手があれば、それだけで。
 いつか別れ話を切り出されたら、泣き喚いて追いかけよう。捨てないでくれと頼み込もう。
 それだけ執着するこの恋は。
 僕の世界の終わりまで続く。

 

2003/9/28

 

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