世界の果てやこの世の果て 7
……075:ひとでなしの恋

 

 分かっていた。
 僕は性格が悪いし、目的のためには手段は選ばない。
 でなきゃ弁護士なんて仕事、やってられないなんて開き直ることもある。
 それでも好きな人がいる。
 ずっと求めている、大切な人がいる。
 だから彼女には言わなければならない。
 自己弁護のためだ。僕のために色々考えてくれた彼に心労をかけないためだ。こんな酷い男に囚われたままの彼女のためだ。
 僕は冴貴子を、例の飲み屋に誘い出した。
 彼女は、携帯電話を変えていなかった。


 呼び出された冴貴子が、席に座り飲み物を注文し、開口一番、
「あのさ、もしかして龍一の恋人って御剣怜侍さん?」
 真実をずばりと言い当てた。
「そうだよ」
 うろたえる僕が見たくて言った言葉だろう。でもそんなことで臆するほど覚悟がないわけじゃない。
 冴貴子は目を見開き、やっぱり、と呟いた。
「私が貴方の話をしたとき、ずっと固まってたわ。意外なことを聞いた、みたいな顔をして。それがショックを受けてるようにも見えたの」
「事実ショック受けたみたいだよ。余計なこと言ったね、君は」
「随分貴方は堂々としているのね。男同士ってことで隠そうとか思わないの?」
「隠そうとしているよ。ただ君には嘘をつけないだけだ」
「――光栄なのかしら? それは」
「さあ」
 ウェイターが飲み物を持ってくる。冴貴子が頼んだのはソフトドリンクだった。
「僕も彼も、男同士だってことをすごく気にしている。でも仕方ないだろう。僕が好きなのは彼だし、彼だって僕を選んでくれたんだ」
「ふうん、順風満帆ってわけね」
「いや――」
 苦々しく思い出す。
「あいつは手に入りそうになったらするりと何処かへ行ってしまった。一年も。だから僕が荒んでたんだよ。その時に会ったのが、君」
「代わりが私?」
「正直に言うとそう」
「酷い男」
「わかってるよ。でもその酷い男も、やっと待ち人を手に入れたんだ。放すことは出来ない。あいつは自由だけど、僕のそばで自由であるべきだと思うくらい、放したくない」
「私の時にはその執着の欠片もなかったわね」
「君には執着できなかった」
 冴貴子が悲しそうに顔を歪めた。
「さっきから本当、酷いことばかり言うのね」
「――誤解しないで欲しいのは、悪いのは僕であって君ではないということ。でも今君は人の恋路の邪魔をしようとしているから、思い切り牽制している」
「ひとでなしにも程があるわ、龍一。それは遠回しに私を責めてるのと同じことよ」
「…………」
「計算のうちなの? 弁護士さんは私生活でもそうなのね」
「……まだ僕を諦めない?」
「ああ!」
 冴貴子がテーブルを叩いた。グラスが揺れてコーヒーが少しこぼれる。
「それが計算ね。よく分かった。ついたわ、諦めが」
 くーっとドリンクを一気飲みする。常に女性らしい彼女の、珍しい姿だった。カタンと高い音を立ててテーブルにグラスを置く。
「本当は私だって、どうしてここまで貴方に執着するのか分からないのよ。単に意地かもしれない。貴方以外の恋人はみんな、私を追っていたから。私が追ったのは貴方が初めてなのよ」
 冴貴子は強い。美しく強い。
 でも御剣は強いけど脆いんだ。僕を助けてくれる強さはあるけど、自分は誰かに頼れないくらい脆いんだ。
 助けたつもりになった僕を、一年も突き放した。結局頼るのは自分だけなんだとまざまざと僕に見せつけた。
 この執着は恋。
「御剣さんに、謝ってちょうだい。貴方じゃなくて御剣さんに。もしかしたら貴方の想い人が彼かもしれないって気づいてて、わざと言ったのよ」
「――分かった。言っておく、かも」
 かも、ねえ。と冴貴子が笑う。
「貴方、酷い男ですものね。ああいうストイックな人を虐めるのが好きなんでしょ。やりすぎで嫌われてしまいなさい、ひとでなし」
「骨身に染みるお言葉、ありがたくちょうだいしておくよ」
 冴貴子は、わざとらしいくらい大きな溜め息と、わざとらしいくらい冷ややかな視線を僕に寄越した。
「貴方って本当、ひとでなしよね」
「うん」
 ――でも。
「でも、恋をしているよ。一生モノの」
 冴貴子は笑った。
 今までで一番、惹かれた笑顔だった。
 立ち上がって、僕の頭を小突いた。
「もう結構よ、ゴチソウサマ」

 

2003/9/13

 

BACK