世界の果てやこの世の果て 5
……035:髪の長い女

 

 彼のアパートへ向かう道すがら、私はずっと考えて思い返していた。
 今の恋人の昔の恋人は、髪の長い綺麗な女性だった、ように微かに記憶している。
 彼はああいった女性が好みなのか。
 まず真っ先に思ったのは、呼び名。
「龍一はね」
 彼女が呼んだその名前に、浅ましくも反応してしまった。
 成歩堂が前言っていた、嫉妬というのが分かった気がした。
 心臓に細い針を刺しこまれたような。しかもそれは掻き毟っても取れそうもない。防衛本能だろう、私はその小さな傷口を開かないようにしばし努力をした。
 しかしどうしても思考の巡りをとめることは出来なかった。
 出口があるはずもない泥沼な考えが頭を回るのだ。
 ――私がもし女性だったならば。彼との未来や成功を表だって分かちあえただろう。なにしろ彼は将来有望な弁護士で。彼のレベルに見合った有能な女性と結婚したり――それより家庭的な女性の方が彼には似合いそうだ。私生活はいささかだらしがない彼を支えてくれるような。
 少なくとも、それは私ではなく……。
 ――駄目だ。こんなことを考えている時点で終わっている。
 私はいつからこんなに女々しくなったのだろう。自分に嫌気がさす。
 正常じゃないのかもしれない。
 無論、この世の中に同性愛という形があることくらいは知っている。
 でも私も彼も、女性と付き合ったことがないわけではないのだ。
 男と付き合うのは初めてだ。きっと最初で最後だろうことは容易に想像がつく。
 だってこんなに惹かれるのは彼だけだったから。
 ――彼のアパートに着いた。
 思えば、彼に初めて抱かれたのはここだ。
 私は、重い石を飲み込んだような気分で、ドアをノックした。
 はい、と返事をする彼の声が聞こえた。

 

2003/9/21

 

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