028:菜の花

 

 春。 ニュース番組で、菜の花畑が流れた。
 黄色の、眩い光景。
 綺麗だと感嘆する。
 けれど僕はどうにも俗物で。
 隣に座っている恋人に話し掛けたのは色気のないことだった。


「菜の花っておひたし美味しいよね」
「え?」
「おひたし。菜の花の」
「花を食すのか?」
「え?」

 どうにも噛み合わない会話。
 ここでようやく、僕は御剣が菜の花のおひたしを食べたことがないのかもしれないということに気がついた。

「食べないの? 食べたことないの?」
「雑草……を?」
「雑草じゃなくてさ、ちゃんとした食料だよ」
「食料……」

「…………」
「…………」

「そこまで貧しかったのか、キサマの家は」
「……なんて失礼なこと言うんだよ君」
「しかし菜の花を……」
「葉とかをほうれん草みたいに茹でて醤油かけて食べるの。マヨネーズもいける」
「それは……美味いのか?」
「癖があるけど美味しいよ。僕は好き」
「……へえ」
「……どうでもよさそうな返事を……」
「して、ない」
「……ふうん」

「――今度作る」
「……何を?」
「菜の花のおひたし。絶対作る。君に食わせる」
「……いらん」
「うわ、なんだそのすごく嫌そうな顔」
「草は食えん。私は食わん」
「お坊ちゃま、好き嫌いはよくない」
「好き嫌い以前に、雑草を……」
「差別して欲しくないな。立派な食べ物だ。栄養価も高い。知らないの?」
「知らん。何を怒っているんだ貴様」
「怒ってないよ。お坊ちゃまに庶民の味を嗜んでいただきたいだけ」
「低俗な嫌味を言うな。見苦しい」


 絶対食べさせるいや絶対いらない、という問答を続け、決着はつかないままその日は分かれた。
 思い返してみると、そうムキになる話でもないのだ。しかしなんだか格の差を見せ付けられたというか、育ちの違いを感じたというか。意地でも食わせてやるという気分になったことだけは覚えている。
 最近じゃスーパーに菜の花は滅多に置いてないので、母親に電話をして聞いてみたりネットで検索してみたりした。我ながら甲斐甲斐しいというかしょうもない事に労力を使っている。そんな自分が嫌いではないけれど、自嘲するくらいには理性は残っていて厄介だ。
 そんなこんなで準備完了。
 中国地方の某市から直接取り寄せた菜の花は艶やかな緑色を誇っている。うっとりと箱に入ったものを見つめ、次に取り出してその瑞々しい感触に感動した。
 喜び勇んで御剣に電話をかけて今夜の夕食に招待すると、彼はしばしの沈黙の後に了承の返事をした。渋々という感が否めないが、まあいい。


 どうせ口実なのだ。
 少しでも一緒にいる時間を作りたいと思う、僕のワガママであるだけなのだ。
 菜の花のおひたしが美味しくて好きなのは事実だけれども、その時間を楽しむためのちょっとしたスパイスであり。
「食事ってのは人生の彩りだよなあ」
 茹であがった鮮やかな緑の菜の花。
「人生の彩りをより華やかにするためには、こういうことも必要なんだよ」
 言い訳のようなひとり言は、まるでこれから食される菜の花に向かって言っているようで、自分で自分がとても可笑しい。


 そろそろ玄関の扉がノックされるだろう。
 きっと仏頂面で彼が立っている。
 僕は笑顔で迎えよう。

 

2003/10/21

 

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