083:雨垂れ

 

「暇だねえ」
「そうだね、梅雨だしね……」
 欠伸を噛み殺しながら、僕はファイルを閉じた。
 クーラーをつけるにはまだ気温が高くなく、それにしては蒸し暑い。
 真宵ちゃんは窓のすぐ傍に陣取り、お茶を飲みながらただ外を眺めていた。
 しきりに雨垂れが落ちてくる窓を。
「雨だと外に出るのもめんどーよね。おなか空いたなあー」
「真宵ちゃん、二言目にはいつもそれだよね」
「そーかなー」

「雨、あがりそうもない?」
「うーん」
 僕の質問に、窓越しの空を見上げている。数歩の距離を歩いて近づき、僕もガラス越しに外を眺めた。
 雲は重そうな灰色で、切れ間がない。
 これは雨が止むことはないな。

 溜め息混じりに一歩窓から離れる。
 迂闊なことに、離れて初めて、僕の身体のすぐ下に真宵ちゃんがいることに気付いた。
 自分から近づいていったくせに、その事実に動揺して、しかし僕の行動はそんな気持ちとは間逆に動いた。

 窓枠に手をついて、真宵ちゃんを囲むように覆い被さる。
「……なに?」
 見上げる瞳が。
「なにも?」
 誘われているようで。
「なにも……って、なんで」
 そんなこと錯覚だって知っている。
 知っている。
 知っているんだよ。

「……なんでそんな近いの、なるほどくん」

 なんででしょう。
 僕は笑って、もっと顔を近づけた。
「っ、」
 ぎゅっと固く閉じられた目蓋が震えるのを確認する。
 鼻先に軽いキスをしただけで、僕はあっさり身を起こした。
「……、」
 真宵ちゃんはびっくりしたように目をまんまるに見開いて僕を凝視したが、すぐにぱあっと顔を赤く染めて、そしてくしゃりと笑った。
 なんて幸せそうな。

「雨で、外に出られなくてもさ」
 その小さい手が、僕のスーツの裾を握る。
「こうしてうちの中にいるのも、いいよね」
「――そうだね」
 まったくだ。
 外に出られないと、こんなに近い。
 いつもよりずっと近くにいられる。
 そんな気がする。
 これなら雨も悪くないだろう。
「たまにはいいかもね」

 

2004/6/1

 

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