みみはみみ しっぽはしっぽ
「なるほどくん、人間に耳って四つあったらおかしいよね」
「そりゃあおかしいよねえ」
バサバサと資料をひっくり返しながら、僕は生返事を返した。内心、いきなり何を妙なことを言ってんだと思ったが、マヨイちゃんが変なことを言うのはいつものことだ。
「あたし、耳が生えてるんだけどさ」
「そりゃ人間には耳あるでしょ」
またどうでもよさそうに返す。
「だからさ、四つなんだって」
「何が」
「耳が」
「マヨイちゃん、あのね、大抵人間耳は二つって決まって……」
溜め息交じりで顔を上げて諌めようとして、僕は固まった。頭の中が真っ白になった。
僕の机の前に立ったマヨイちゃんは、なんでもない顔をして、『ソレ』を弄っていた。親指と人差し指で挟んでピコピコ動かしたりなんかしている。
――そう、彼女の耳に、まるで動物のような耳が。
ありえない。
ありえなさすぎる。
人類の英知を越えている。いや、ちょっと英知とは違うかもしれないけれど、何かが違う。
「ど、どう、どうした、の……」
思いっきりどもりながら問うてみたが、マヨイちゃんは首を捻るだけだ。
「どうしたんだろうねえ。なんかいきなり生えてきたんだよう」
ふわふわの耳をぴょこんと髪の間から覗かせながら首を傾げられると、まあアレだ、……可愛い。しかもその耳が時折ぴくぴく動くのが、また可愛い。
――僕は馬鹿じゃないだろうかとも思ったが、仕方ないだろう。仕方ないんだよ!
「それにね」
くるんと後ろを振り向いた。
「こんなものまで生えてきちゃった」
短い着物の裾から、細長いふさふさした――そう、尻尾が揺れて現れていた。
思わず凝視して、そして慌てて僕は後ろを向いた。
「分かった! 分かったから前向いてマヨイちゃん!」
尻尾は当然ながらお尻から生えているらしく、尻尾が揺れるたびに着物の裾が乱れてきわどいことになってしまう。
さすがに僕も直視できない。
「うん?」
なんだか分からないけれど、そう言うなら、という感じでマヨイちゃんが前を向いたようなので、僕も再び向き合う。
はー……どっと疲れた……。
「……何か変なものでも食べたの?」
「食べてないよっ」
眉を吊り上げて頬を膨らませると、耳がピンと立ち上がり尻尾も真っ直ぐ伸びた。
あー可愛いなあなんて腐ったことを考えながら、どうやらこの耳と尻尾は本物らしいこともちゃんと判明した。持ち主の感情に連動して忙しく動くからだ。
「なんか頭とお尻がムズムズするから、なんだろうなーって思って触ったらあったの!」
「じゃあさ、ここに来る前に、変な白衣着た人に連れられて、妙なカプセルの中に入ったり……」
「なるほどくん……それ何のネタ?」
「……映画」
ぱたんと耳と尻尾が気落ちしたようにへたれた。
「なるほどくんって、オタク?」
「……失礼な」
それを言うならマヨイちゃんの方がよっぽどオタクだと思うぞ。そして何より、宇在さんには絶対敵わない!
「原因が分かんないんじゃ対処のしようもないけど……」
「まあ、そうだけどー」
垂れた尻尾が左右に揺れている。思わず触りたい衝動を堪えながら、僕はなるべく真面目な顔を作って見せた。
「とりあえず様子見かな」
「かなあ……」
しゅんとした様子のマヨイちゃんに、今度こそ手が伸びる。
よしよしと頭を撫でると、耳が気持ちよさそうにぺたんとなった。マヨイちゃんも目を細めて気持ちよさそうな顔をしている。
――もしかしたら、これは猫耳なのかもしれないなあ。
喉をゴロゴロさせそうな様子に、苦笑が漏れる。
「戻るよねえ、これ……」
気持ちよさが残ったマヨイちゃんの声に、僕は肯定を返す。
「戻るよ」
「戻んなくてもいいけどさあ」
「ええ……」
「だって別にそんな邪魔じゃないし」
なんとなく気に入ってくるかもしれないし、とマヨイちゃんはえへへと笑った。
僕は呆れた表情をわざと作った。
しかし僕は、コラ、と軽く頭を小突きながら。
――ま、いいか。可愛いし。
なんて考えた。
そんな腐ったことを思いながら、仕事をしつつ時々彼女のその姿を観察していた。
マヨイちゃんはソファに座ってテレビを見ながら、時々耳を上下させたり尻尾を揺らしたりしている。
――目の保養だ……。
僕は、思った以上に変態かもしれない……。
2003/11/8
special thanks for akira
minase → nekomayo
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