冬の誕生日

 

 数日後に控えた法廷の資料を置いたとき、すでに時計は午前2時をさしていた。
「草木も眠る丑三つ時―――ってね」
 ペンを投げ出して呟いた言葉に返ってくるもには静寂だけ。
 ほんの少し、寂しさを感じて自嘲じみた笑みを浮かべた。
「あー…お腹すいたかも」
 フラフラと立ち上がって冷蔵庫を開ける。―――何もない。
「牛乳じゃあ、腹は膨れないよなあ……」
 しかも、賞味期限が切れている。
 このところ忙しくて、まともに食事を摂ることもままならなかった。冷蔵庫を開けるのだって、数日ぶり。そうしたら、このザマだ。
 ―――前は、きちんと見ていてくれる人がいたから。
 キョロキョロと良くかわる表情。
 ちょっと変わった服装。
 ―――彼女が笑うと、それだけで心があったまる。
 そんな、彼女。
 今はもう、いないけど。
 こういう時に、『いない』という事を痛感するなんて、痛すぎる。
「…………」
 冷蔵庫の扉を閉め、その手で頭を掻く。
「……ラーメンでも食べに行くか」
 机の引出しから事務所の鍵と財布を取り出して、僕は外に出た。


 『ラーメン激戦区』というわけではないけれど、最近の経済状況からか、ラーメン屋が増殖していた。
 僕が初めて今の事務所に来てからも、その動きは変わらない。
「ど、こ、に、し、よ、う、か、なっと」
 こんな真夜中だというのに、店にはちらほらと人影がある。そういえば、今日は金曜日だったなと思い出した。
 いちばん人が多い店を選んで、のれんをくぐった。
「へい、らっしゃい!」
 威勢の良い店主の声を聞きながら、壁に並んだメニューを一瞥する。
 考える間もなく、僕は「みそラーメン、ひとつね」と頼んだ。
 カウンター席に座り、水を飲む。本当は酒を飲みたいところだったけど、明日に響いたらコトだ。
 5分と待たずにドンブリが目の前に置かれた。
 割り箸を手にとって、ラーメンをすする。―――うん、旨い。
 彼女が帰ってきたら、ここに連れてこよう。

 ―――いつからだろうか。
 ラーメン屋に入るたび、みそラーメンを頼む。
 美味しい店を見つけては、「ここに連れてこよう」と思う。
 それが、当たり前の日常になっていた。
 きっと、彼女が帰ってくるまで、それは日常として続いていくのだろう。
 少しだけ寂しく、少しだけ楽しい、そんな冬の日。

 

2003.09.10

 

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