前日はミステイク

 

「あの、明日、先輩……」
「うん?」
「誕生日だって聞いたんですけど」

 朝練も終わりの時、首筋の汗を拭きながら海堂がぽつりと話し掛けてきた。しかも意外な内容だった。
「うん……そうだけど」
 なんとなく頷くと、欲しいものってありますか? と問いかけてきた。
「欲しい、もの」
「っス」
「……くれるの?」
「――アンタのその笑顔見るとあげる気なくしますけど、たいしたもんじゃなければ……。いつもお世話に……なってますし」

 その言葉だけで嬉しいよ、とか、いいよ気なんか遣わなくて、とか。
 そういう台詞で済まそうとした俺だが、勝手に口を次いで出た言葉があった。
 言った後の反応が簡単に予想出来るけど、この時の俺は、言わねば気がすまなかった。
 だってそれが本心だったから。

「――アレでいいんだけど、ベタなやつ」
「なんスか?」
「おまえ自身がプレゼント――ぐはっ! いて!」
「…………」
「あ、なんだその顔、本気で呆れたな海堂」
「呆れられないこと言ってください」
「だからって先輩のみぞおちに拳をいれるのはどうかと思う」
「あーそっスか」
 海堂は嘲りを俺に寄越し、そのまま部室に立ち去ってしまった。
 な、なんなんだよ……、そこまで怒ることか?
 ――……いや、そうだな、怒ることか……。


 完全に怒らせてしまったかと思ったら、実はそうでもないらしい。放課後の部活が終わった後、着替えている俺にちょこちょこっと擦り寄ってきた。
 なんだなんだと見下ろすと、他の部員に聞こえないような小声で問い掛けてくる。

「で、なんか欲しいものとかないんですか? 朝言ったのは却下」
「えー」
「口尖らしてんじゃねえ」
 残っている人たちに聞こえないように配慮しているので、自然距離が近くなる。
 俺の顎のすぐ真下に海堂の頭がある。
 ひどく触りたくなって、手がうずうずするが、ここは堪えて。
 咳払いをひとつ。
 そうやって改まってはみたものの、どうにも月並みな言葉しか出てこなかった。

「……海堂の、俺にあげたいものが、欲しいんだけど」
「オレの――」
「そうそう」
「…………」
「あ、何もないとか言うんじゃないだろうな」
「……んなことないスよ」
「なら俺の顔を見て言えよ。目だけそらすな、傷つくなあ」

 俺の口調はいつも淡々としているせいで、本気か冗談か分からないとよく言われる。
 だけど、今言ったのは本音だった。
 なんでそらすんだ、海堂。本当に俺にあげたいって思うものはないのか。
 仮にも、付き合ってるんだぞ、俺たち。

 俺の必死の心の訴えに気付くわけもなく、しばらく黙り込んでいた海堂が、
「……じゃ、オレ帰ります。お疲れっした」
 ぺこりと頭を下げたかと思うと、踵を返してしまった。
「……お疲れさま……」
 俺はその真っ直ぐな後姿を見送った。

 ……明日は俺の誕生日。
 何かあるかなと期待するのは、当たり前……のはずなのに。
 ああいう曖昧な言葉は、どうでもいいやと諦めに直結してしまったのだろうか。
 ああ、しくじった。もっと考えればよかった? 具体的に挙げればよかった?
 でも、俺の欲しいものは、今朝言ったやつ……なんだけどなあ。

 寂しい気持ちを表に出さないように、シャツのボタンを上までとめた。

 

BACK