まだちょっと足りない

 

 口の中に他人の舌が入り込むってのは、とてつもなく妙な感覚だ。違和感絶大。気持ち悪いのをじっと我慢する。

 ――いや、正直なところ、最近はあまり気持ち悪いとは感じなくなった。
 乾先輩は、上手いか下手かと言われたら、まあ……上手いんじゃないかと思う。他にしたことないから判断基準が曖昧だが。
 ともあれ慣れってのは恐ろしいものだ。

 初めてキスされた時は、驚いて突き飛ばしてしまった。
 二度目はなんとか堪えた。
 三度目で舌が入ってきた時、拳を繰り出しそうになるのを我慢した。

 そして今まさに、もう何度目か分からないキスをされているわけなのだが、……長い。ひたすら長い。
 口ン中、舐められてないとこなんかないんじゃねえかってくらい、隅々まで暴かれた。
 歯茎の裏とか上顎とか舌の付け根とか、どうしてこんなとこまで掻き回す必要があるんだよ。
 顎が痛いし疲れたし、息は上手くできないし。
 苦しくなったオレは、乾先輩のその固い髪を引っ張って、切れ切れに懇願した。

「も……いっスか……?」

「まだちょっと、足りない」

 見上げると、真面目な表情だった。ほんのちょっと頬が上気している。
 やばい、オレはこの人のこういう顔に弱い。
 いつも怪しい笑みを浮かべてるとかさっぱり無表情だったりとか――つまり何考えてるか分からない顔をしているくせに。

「あとちょっと……」

 真剣に頼まれて――オレは諦めて、また目を閉じた。

 

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