睡眠欲求

 

 もうかれこれ三十分くらいだろうか。机に伏せて寝息をたてている後輩を、俺はずっと眺めていた。
 真下を向くと苦しいのだろう、わずかに右に顔を傾げている。柔らかそうな黒髪が重力に従って額から滑り落ちていて、つい触りたくなってしまう。
 いつも必要以上にギラギラした眼も、薄い瞼に覆われている。厚ぼったい唇は少しだけ開いていて、規則的な呼吸を紡ぎだしている。
 普段こうしてじっと顔を見つめていると怒るので、ここぞとばかりにこの寝姿をインプットしていた。

 疲れてるのかな。

 夏の大会も終わって小休止な今、海堂ら二年は部の引継に追われている。
 桃城を部長にするか、海堂を部長にするか。手塚と大石が真剣に顔をつきあわせていた。毎日のように、桃と海堂に質問(尋問と言っても差し支えないかもしれない)をしているらしい。二人と話すことで、部長の適正があるかどうか判断するとかどうだとか。
 なんとまあ大層な話だ。手塚も大石も切羽詰っているのだろう。俺なんかはそう難しく考えなくても、どっちが部長になってもなるようになると確信している。
 桃はおおらかだから部長になったとしても平然としてるだろうが、海堂はきっと逆だ。萎縮するとは思わないが、気は張るだろう。しかしプレッシャーに押しつぶされるようなヤツではない。なんにせよマイナスにはならないはずだ。

 とっとと決めてやらないと、後輩が困るぞと進言したらますます悩みだしてしまったからまた困りものだ。うちの部長二人はこういうどうでもいいことに苦悩してしまう。くじ引きで決めたら、と言ったら睨まれたな……。

 時計は午後四時半をさしている。HRが終わって一時間半くらいか。ずっと寝こけていたのだろうか。
 あの堅物二人と面と向かって話すのは、そりゃ疲れるだろうと同情が沸いてくる。うとうときてしまう気持ちはよく分かる。

 ――というか、俺だってたまには海堂とじっくり話したいんだけどな。
 二人に取られたみたいで、ちょっと悔しいのも事実だ。

 しかしそろそろ起こしてやるかと、つむじをつんとつついた。
 むぐむぐと何事か呻いて、ぴたりと呼吸が止まる。
 睫を震わせて、ゆっくりと海堂の眼が現れる。
 その瞳が俺をとらえて驚きの色を見せないだろうか、夢想した。

 

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