014:ビデオショップ

 


 夏になって日が長くなったと言えど、さすがに午後七時近くになると薄暗い。
 自主練習の帰り道、海堂はぼんやりと夕暮れの空を見上げた。
「ん?」
 その様子に、隣りを歩いていた乾が首を傾げる。
「いや、空が……」
「ああ、夕焼だね。明日は晴れかな」
「――先輩、そういうこと信じるんスね」
「迷信ってわけはじゃない、統計の結果だからね。確率が高いほうを信じるんだよ、俺は」
 確かにそうだろう。乾がいつもパーセンテージの高い事象にかけているのは、周知の事実だ。
「晴れなのに練習が休みだってのは、悔しいだろう」
「……っスね」
 指摘されたのは事実なので、大人しく頷く。自他共に認める練習好きの海堂だが、明日はたまにある休日でも部活がない日なのだ。
「かといって無闇に自主練に走らないこと。何度も言うけど――」
「身体を休めることも大事」
「そうそう」
「何度も言われれば俺だって分かるっスよ」
 多少拗ねた響きが混じった声に、乾が笑う。
「海堂はイイコだね」
「――何言ってんスか……」
 照れる以前に呆れてしまい、溜息が漏れる。たった一つ年齢が上なだけなのに、乾はいつも子ども扱いをしすぎる。

 不意に、思いついたように乾が顔を上げた。
「そうだ、ここ寄っていい?」
 言って、乾が指差したのはビデオショップだった。それなりに大きいそこは、二階がCDレンタル、二階がビデオレンタルに分かれている。時々海堂も借りに来る場所だった。
「いいっスけど……」
「ありがとう。折角の休みだし、見たいビデオがあったんだよね」
 にっこり笑った乾は先に自動ドアをくぐって行ってしまった。
 頷いたものの、なんとなく戸惑った。学校帰りに寄り道することなど、数えるくらいしかしたことがない。
 海堂は逡巡した後、すでに店の中に消えかけていた乾の背中を追いかけていった。


「海堂ってビデオよく見る?」
「ビデオよりはDVDを借ります」
「へー、デッキ持ってるんだ」
「……父さんのお下がりっスけど」
 乾が眺めている棚はホラーやサスペンス系で、特にジャンルを決めずに見る海堂にとってはあまり地味で近寄らないところだった。
 棚を物色する乾のあとをついて、どれとはなしにパッケージを眺める。乾が右に移動すればその横についていき、後ろの棚を見ればそこに視線を寄越す。
 そんな海堂に、まるで親鳥について歩く雛鳥のようだ――と乾はあやしげな感想を持った。

「なんか借りないの?」
「今日は特に」
「ここらへんのジャンル、興味ある?」
 そう言われて、やっと自分が乾の後をずっとついて歩いていたことに気付き、
「別にねえっスけど……」
 ぶすっと呟いた。
 しかし、乾の好むジャンルを興味ないと言い切ったことに少し後悔したのか、上目遣いで言い訳めいたことを言った。
「先輩がどんなの見るか……気になっただけっす」
「……そうか」

 乾は、不意に右手にとったパッケージを、海堂の顔の左側にかざした。
 不思議に思う間もなく、唇に肉感的な感触が触れ、すぐに離れていった。
 数度瞬きをして、何をされたのかやっと気付く。

「せ、先輩……っ! 何するんすか!」
「ちゅー」
 いささか大げさにあとずさって、海堂は乾の胸をどすんと叩いた。
「キモイこと言うなっ。だいたいこんなとこで……っ」
「大丈夫、コレで隠したから」
 ひらひらとパッケージを振るその顔は、悪戯に成功した子どものような笑みを浮かべていた。
「そういう問題じゃ……」

「それで、コレが最近俺が見て感動した映画」
「えっ……」
 急に言い出された言葉に、きょとんとしてしまう。
「オススメ。良かったら見てみて感想聞かせて欲しい」
 手に落とされたのは、あまりメジャーではないおそらくサスペンスの映画だった。
「――感動?」
「あー……泣けるとかそういう意味じゃなくて、構成とかアングルとか上手くて感動したってこと」
 ちょっとマニアックな視点だけどね、と苦笑する乾に、海堂はこくんと頷いた。借りて観てみます、という意思表示。
 乾は内心、衆人の中でキスしたことを誤魔化せたとうっそり笑った。

 そして海堂は乗せられたかのように乾の薦めたDVDを借り、乾は新作を一本と何故か漫才のビデオを借りた。
 店の外に出ると、すっかり外は夜の様相を見せている。
 ビデオが入った青いビデオ屋の袋を抱えた乾は、半歩後ろを歩く海堂に笑いかけた。
「今度海堂に家に行かせてよ。どんなDVDソフトあるのか興味ある」
「……見るだけっスよ」
「あれ、そんな下心あるように聞こえた?」
「アンタはいつもそんはふうじゃねえか。さっきだって――そうだ、さっき!」
「時効、時効」
「先輩っ!」
 声をあげて笑うと、海堂が背中をどついてくる。
 それでもきっと彼は、家に誘ってくれるだろう。DVDを見せるために。
 そして乾が薦めたビデオの感想も、律儀に言ってくれるだろう。

「――先輩、笑いすぎ」
 不機嫌そうな声が可愛くて、乾はまた笑い声をあげた。

 

2003/11/29

 

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