086:肩越し
騙して連れてきたようなものだ。
遅くなると危ないよ、とか色々言いくるめて僕のアパートに連れてきた。
いつものことだ。
そう、いつものことだ。
だから真宵ちゃんだってなんの警戒もなくついてくる。
「いつものように」着替えを渡し、「いつものように」入浴をすすめ、「いつものように」僕のベッドを譲る。「いつものように」おやすみなさいと挨拶をして、「いつものように」眠りにつく。
そして「いつものように」、すっかり寝入った真宵ちゃんの横に腰かけて寝顔を覗き込む。
すよすよという形容が似合う寝息を立てて、仰向けに寝ている。
口が半開きなのがちょっとおかしい。
僕のスウェットは当然ながらぶかぶかで、まるで服に埋もれているみたいだ。
頭のてっぺんで結んである髪は解いていて、ちゃんと乾かしていないせいでしっとり水気を含んでいる。
そして僕は知っている。
真宵ちゃんは、一度眠りについたらなかなか目を覚まさないことを。
布の上から、少し小さめの胸に触れる。
「ん」
短く鼻がなったけれど、起きる気配はない。
ふくらみを優しく愛撫しながら、するりと抵抗なくスウェットの下をおろす。
下着の上から、一番感じるはずの部分に指をのばした。
そこでゆっくり円を描くように撫でると、くすぐったそうに身を捩った。
「んー……」
むずがる子どものように首を竦めてゆるゆると首を振る。眉間に皺を寄せてむにゃむにゃと口を動かしている。
――子どものような、じゃなくて実際子どもなのだ。何をしているんだろうな、と思いながらも、やめようという気にはならない。
もう何度もしている。繰り返していると罪悪感など薄れてくるものだ。
下着もおろして、直接触れる。指先にしっとりとした感触が伝わってくる。
くち、と粘った水音。
は、は、と荒く漏れる空気。
僕はただ必死だった。「いつものように」必死だった。彼女に快感を与えるのに。
しかし不思議なことに自分を慰めようとは思わなかった。薄れた罪悪感が、まだ残っているのかもしれないと思うと、僅かだが救われた気になった。
彼女の秘部で蠢かす手はぐちゃぐちゃに汚れている。
汚れている。
「ん、は……ぁ、」
熱い息が薄い唇から漏れるが、それでも起きる気配はない。
「……、真宵ちゃん……」
起きてもいいと思っているのに。
いっそのこと起きて欲しいのに。
びくん、と小さく真宵ちゃんの身体が震えた。
「あ、ふ、あ」
断続的に痙攣して、最後に大きく息を吐いて、脱力した。
しばらく荒い息の音が響き、やがてそれは穏やかな寝息へと戻っていった。
一連の彼女の仕草を見納めてから、僕はベッドから立ち上がった。
ベタベタした液体を水道で洗い流しながら、薄暗い洗面所の中で僕は正面の鏡を見ないように溜め息をついた。
一番は自分に対する嫌悪感なのだけれど、ほんの一部、真宵ちゃんへの不満もある。
勝手なのは百も承知だ。
何度、こうして彼女の身体を懐柔しただろう。
夢の中で、彼女は何を思っているだろう。
知らないはずの快楽を感じているのだろうか。
ああ、願わくば、夢の中で同じ感覚を与えられているのだとしたら。
どうか僕が相手でありますように。
寝室に戻ってベッドに腰かける。
何もなかったかのように眠りつづける真宵ちゃんにきちんと服を着せて、何もなかったかのようにまた寝かせる。
僕がひどいことをする前に眠っていた様子と、微塵も変わらない。
変わらないということに安堵して、苛立つ。よくいう二律背反という気持ちは、こんなにも簡単に手に入るものなのか。
起きてもいい、という思いで、腕の下に手をいれて抱き起こしてみた。
「ん」
また短く鼻がなる。やっぱり目を覚まさない。
膝の上に乗せて、きつくならない程度に、強く抱きしめた。
背中まである長い髪にキスをして、手触りのいいそれを指に絡ませる。
湿っていた髪はすっかり乾いている。
細くて頼りない身体を腕の中に閉じ込めることに満足感を覚える僕は、どうかしているのだろう。
薄い肩越しから見える僕の部屋は、けぶるような熱に犯されている。
その気配は、もう薄れつつある。
朝になれば、真宵ちゃんは「いつものように」
おはよう、って笑って言うんだ。
僕だけがその、肩越しの世界を知っている。
2004/3/3
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