当日だからって何もない(R-18)

 

 我ながらしつこい性格だと思う。
 一度くれると言って餌を鼻先までぶらさげておきながら、あっさりと取り上げてしまうなんてひどい。俺の欲しいものを聞いてきたから正直に答えたのに。なんでもいいわけじゃなくて、だったら今日くらい好きにさせてくれても罰はあたらないと思わないか?
 すり替えやらごまかしで話を妙な方向に持っていこうとする俺を、海堂はとうとう投げ出した。そこらに散らばっていたテニス雑誌をめくり始め、俺の言葉に生返事をするだけになってしまった。
 俺の部屋に来てくれたってのは、そういうことを期待してもいいってことじゃないのか、海堂……。
 呆れ果てて帰ると言い出さないだけマシなんだろうか。やることしか頭にないのかよと怒られないだけいいんだろうか。

 ごろりとベッドに横になってひとり言のようにぶつぶつ言い続ける俺の耳に、深い海堂の溜め息が届いた。
「分かりました、了解しました……いっスよ……」
「そんな諦めたみたいに言う――え、いいのか!」
 俺は勢い良くベッドから跳ね起きた。床に座っていた海堂は、雑誌から顔を上げずにまた、
「い、い、で、す、よ」
 一言一言区切って、わざとらしく平坦に言った。

「じゃ、じゃあ一緒に風呂とかもいいのか? 洗ってみたいんだけど」
 やっと海堂が雑誌から目を離して俺を見た。目がまんまるに見開かれている。
「オレをか!?」
「うん」
 俺は真顔で頷く。
 海堂は、まさかそんな要求をされるとは思わなからしく、前言撤回したそうな顔をされた。
 しかし俺はここぞとばかりに欲求を挙げてみる。
「中で出して終わった後洗ってあげるとかしたいんだけど。湯船の中でするのもいいと思うんだ。どうかな」
 俺の正直ぶりに、海堂が半眼で睨んできた。
「――アンタの頭ん中はそればっかっスか」
 だが今の俺はそれにへこたれる余裕などない。目の前にぶら下げられた餌に、必死で喰らいつく。
「中学生男子の頭の中身なんてこんなもんだろう。あまり考えない海堂がストイックなだけだよ。俺は好奇心旺盛だからなんだってしてみたいんだ。なあ、駄目か? 駄目なら言ってくれないと、俺、強行するよ」
 最後は脅しになってしまった。
 言い終わってから、これなら断られても仕方ないかも……とちょっと諦めがはいる。
 だから、
「分かりました……」
「え?」
 その返事に、自分で持ちかけておきながらぎょっとした。
「……今日は、アンタの言うことなんでもしてあげようって、思ってたから……」
 好きにしてください。
 その、海堂の許す言葉に、俺のすべてはぶち飛んだ。


 慌しく風呂場に連れ込んで脱いで脱がせて、湯船に湯を溜めながら一緒に入った。
 俺の膝の上に海堂を乗せて、向かい合う形で座り込む。
 海堂は狭いだの寒いだの文句を言いながらも、抵抗は見せなかった。本当に俺の言うことをなんでも聞いてくれるのかと、また喜びに胸が震える。
 こんな従順でいいのだろうか。
 キスを繰り返しても、首筋に吸い付いても、身体中を愛撫しても。
 反射的に身体を突き放そうとするが、すぐに気付いて俺に身を任せてくる。
 素直な海堂に、俺もたやすく熱くなって、性急に刺激を与えつづけた。

 湯のせいで弛緩した身体は簡単に俺の指を飲み込んでくれた。
 ちょっと解しただけで、ずるずるになっている。
 水中のせいもあるのだろう、いつもと勝手が違って海堂の戸惑いが手にとるように分かる。
 俺にしがみついて喘ぎ声を漏らしていた。
 本当はもっとめいっぱいぐずぐずにさせたかったけれど、俺の我慢がきかなかった。
 胸の下くらいまで湯が溜まったころ、ひくつく後孔に昂ぶった熱を侵入させる。
 まだ早かったかもしれない。
 挿入の感覚が引き攣っていたが、それでも耐えられなかった。
 この中に、俺を包み込む中に、めいっぱい欲望を吐き出したい想いでいっぱいだった。
 穿たれる感覚からだろうか、ひくりと海堂の咽喉が仰け反る。
 ひゅうと小さく咽喉が鳴り、うわ言のように呟いた。
「あ、お湯、入って……」
「熱い?」
「あ、ぁ、あつ……」
 呂律が回っていない。
 だがどうしても言葉が聞きたくて、しつこく問いを与える。
「どんな……感じ? ねえ、教えて、気持ちいい?」
 腰を掴んで持ち上げて、引き落とす。縁が一番締め付けがきつく、思わず放ちそうになる。
 あまり激しくならないように、焦らしながら抽挿を繰り返した。
 そして耳元に「教えて」と囁いて、答えを強請る。
「いい……きも、ち、いい」
 あ、あ、と小刻みに声を上擦らせながら、海堂は正直に答えてくれた。
「……、ぼうっと……して、あつい、奥、い、いっぱいで……」
 どうしようもなく声が濡れている。
 その快楽に乱れた声を、たくさん聞きたい。全然足りないんだ。
「もっと……?」
「ん、うん、も……もっと、」
 きっと自分が何を口走っているのかも分かっていない。
「もっと、いっぱい……っ」
 どんな艶のある声でどんな媚態を晒しているのか、海堂自身が何も分かっていないからこそ、教えてあげたくなる。
 欲望を押し付けて、俺をこんなに煽っているのだと、全部、見せてあげたくなる。
「……海堂」
 湯の中で震える海堂自身に手を伸ばした。親指で先端を擦る。
「ぅあっ……やばい、それ、や……」
「なんで、気持ちいいだろ……? ぬるぬるしたの、出てきてるよ」
「ぁ、あ、で、……るから……っ、やばい……」

 腰を打ち付ける律動に合わせて、海堂の昂ぶりを扱きあげる。
 俺の熱が出入りするたびに中に湯が入り込んでいるみたいだが、もう湯の熱さも海堂の中の熱さも分からない。
 巻き込むように締め付けられ、包むようにうねる。とんでもなく感じる。
 目の奥がちかちかして、俺の方も声を押し殺すのに次第に必死になっていった。
「……く、あ、かいど……。海堂……」
「あ、イ、イク……っ、せんぱ――」
 切羽詰った様子ですがり付いてくる身体を抱きしめて、絶頂の声を吸い取るように、深く口づけた。くぐもった声が俺の口に中に響き、絡め取った舌は硬直していた。
「――っ!」
 手の中の海堂自身がびくびくと跳ね、お湯の中でも分かるくらいの滑った液体を吐き出した。
 俺も追従するように、うねる体内に白濁を叩きつける。
「ぅ、ん、ん……ん」
 海堂の腕が空を掻き、ばしゃんとお湯が浴槽からこぼれた。
 その腕は俺の二の腕を掴み、爪を立てる。
「ふあ――……」
 唇を離すと唾液が糸をひく。
 それに構わず、海堂は俺の肩に頭を置いた。薄い肩が震えている。
 湯の中に放たれた海堂の体液は、ゆらゆらやがて消えていった。

「最高の誕生日プレゼントだな……」
 湯やら汗やらで額に張り付いた髪の毛を撫でながらかきあげて目を覗き込むと、海堂は例のむすっとした顔をしていた。
 それでも目元は薄っすら赤く腫れていて、頬も上気しているので可愛らしいことこの上ない。
「アンタの、そういう発言……ほんと、最低、だと思います、よ」
「はは、そうかも」
 笑いながら海堂の頭を撫でる手は止めない。小さく丸い頭は、俺の手の中にちょうど収まるようで触りごこちのいいことといったらない。

「…………」
 膨れた顔を戻さないまま、海堂が目を閉じて、溜め息をついた。
 睫が濡れているのがはっきり分かる、その至近距離で目を閉じるのがどういうことか、いくら彼だって分からないわけがない。
 声に出さないように俺はまた笑い。
 俺たちは、もう一度だけ、深く深くキスを交わした。


Happy birthday sadaharu inui !

 

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