It thought that it was a trigger.
不二からキスをされたとき、俺は正直どうしていいか分からなかった。
ジャージの襟を捕まれて軽く下を向いた瞬間に、唇に噛み付かれた。
「おい、不二……」
「ちょっと黙っててくれる?」
「……分かった」
偉く深刻な声音に頷く。すると不二がキスを再開しはじめる。
少女めいた端正な顔。
こんなに間近で見たことなどなかったから、つい目を閉じずに俺の唇を舐める不二を観察してしまう。
軽く眉間に皺を寄せている。いつもは笑みを形どっている目は、その欠片も見えない。
「……ふ」
彼の鼻から吐息が漏れる。
不二にこういう趣味があったとはデータ外だ。もっともヤツはそう簡単にデータを取らせてなどくれないのだが。
――本当は、俺の下心が見抜かれたと思ったのだ。
それほど恋焦がれていたわけではない。ちょっといいな、と思う程度だった。
不二周助という男は綺麗な顔をしているし、性格も底知れない。手塚もそうだが、どちらかというと俺は線の細い方が好みだったので、つい不二に目がいくという始末だった。
得体の知れない部分に興味を惹かれ、常に視界の片隅に意識してた。そのことが今彼にばれたのかと思ったが、これはそんな様子ではなさそうだ。
やがてそっと唇を放すと、例の柔らかい声で問うてきた。
「気持ちいい?」
「は?」
「……失礼な態度だね。人にキスされてなんとも思ってくれなかったんだ?」
「……ああ……」
思考に耽っていて、つい感触を知覚することを忘れていた。鋭く不二が俺の思考を見抜いたのか、ゆっくりと目を上げてくる。
ああ、怒らせたみたいだな。
不二のデータは少ないが、これくらいはすぐ分かる。その証拠に、
「――失礼なことした罰に」
いつもは高い声が、低い。
「やらせてよ」
不二の威圧感は怖いな、と内心笑ってしまった。
不二の内側は想像以上に熱い。気をつけて堪えていないとすぐに放ってしまいそうになって、なんとか気を散らす。
シャツだけを着て俺の上に跨っている不二の姿は、それだけで扇情的だ。
俺はベンチに仰向けに横たわって、乗っかったまま腰を揺らめかせている不二の姿をじっくり観察する。
「何を、見てん……の」
「おまえを」
「っ、――へえ……」
一瞬彼が言葉に詰まったのを、俺は見逃さなかった。
もしかしたら不二は言葉にされるのが苦手なのかもしれない。
余裕で慌てることもなく負けることもなく、強い不二。
彼が戸惑うのを初めて見た俺はつい楽しくなって、更に言葉を紡いだ。
「おまえの顔を下から見上げると言うのも新鮮だな」
「はっ……、乾、何言ってるの……」
笑い声をあげたが、いささかわざとらしかった。余裕のなさが垣間見える態度だった。
「乾にしてみたら、見上げる人のほうが……少ないんじゃない?」
「そうだけどね」
今度は俺が笑いながら、ちょっと息を吐いた。
中心を包まれて締め上げられるのは快楽を生み出すが、どうも不二のこの動きだと足りない。
おそらく初めてである上に、俺に乗っているせいでもあるのだろうが、あまり大胆に動いてくれないのだ。
無造作に不二の腰を掴む。初めて俺からのアクションに、不二が取り繕う余裕もなく慌てた。
「なん……あっ」
緩く腰を突き上げてみると、俺の胸に手をついて背中を丸めた。
「ぅ、ああ……くぅっ……」
眉間に皺を寄せて唇を噛む。ここからだと、どんなに隠そうとしても不二の表情はよく見える。
痛いのか気持ちいいのか、俺には判断がつかなかった。
次の俺の行動は、実に利己的なものだった。
ただ単に、俺は気持ちいいのに仕掛けてきた不二が痛いだけなら可哀想だな、と思っただけだ。
掴んだ腰から手を滑らせて、不二の中心に触れる。
「乾……!」
不二が初めて拒絶を見せた。
ああ良かった。ちゃんと昂ぶっているじゃないか、ここは。
それが分かると、奇妙な喜びが胸に湧きあがってきた。感じてもらえているのがとても嬉しい。
もっと感じさせたくてぬめりを広げるように擦りあげると、内部がぜん動して俺自身を締め上げてくる。
「あ、ああ……」
「不二……」
「も、いい……っ? いい?」
手をついた胸に爪をたてられる。痛かったが、それよりも絶頂に駆け上る方に気を取られて、俺は激しく不二を突き上げ中心を愛撫し続けた。
「いいよ……イって」
不二の先端を指で弾くと、彼の背中が弓なりにそった。
「ん、あ、ああっ、あ――!」
びくんびくんと俺の上で不二の身体が震え、手の中に体液が放たれた。締め上げられて、俺もぎゅっと目を閉じて、不二の中に熱を吐き出す。
「ぅあ……あ……はあ」
倒れこむことはなかったが、ぐったりと首をうなだれる不二の頭に、汚されてない方の手を伸ばす。汗で湿ってしまった髪をかきあげると、彼が震える瞼を薄っすらと開けて俺を見てくる。
そして、柔らかい唇がほんの少しつり上がった。
「乾……」
「――うん」
「好き、だよ……」
ああ、そうか。
泣きそうな笑顔に、すとんと納得した。
「――俺も」
すんなり出てきた言葉に一番驚いたのは、きっと俺自身だ。
不二はますます破顔した。
きっと俺は、この見たこともない綺麗な笑顔を一生忘れられない。
2004/1/18
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